プーチンが投げたウルトラ変化球

ロシアのウラジオストクで開かれていた東方経済フォーラムの記者会見で、プーチン大統領が突然、日本との間で、前提条件をつけずに年内に平和条約を結ぶことを、同席していた安倍首相の前で、提案しました。

第2次大戦後の戦後処理の過程で生まれた北方領土問題は、4島の返還を求める日本と、返還すれば日米安保条約のもとで米軍基地がそこにできることを恐れるロシアとの間で、膠着状態が続いています。2016年の日ロ首脳会談で合意した北方4島での「共同経済活動」も進展がないなかでの提案で、日本側は驚いているようです。

日ロ間で平和条約が結ばれていないということは、最終的な戦後処理が終わっていないということになります。とはいえ、1956年にソ連(現ロシア)との間で結ばれた日ソ共同宣言で、国交は回復されているため、両国間で残る戦後処理問題は領土問題と平和条約の締結であり、領土問題と平和条約の締結とはセットで考えられてきました。逆にいえば、領土問題が含まれない平和条約の締結は、これまでの経緯を考えれば、ほとんど意味がないということになります。

それを承知で、プーチン大統領がウルトラ変化球を投げてきた真意は何か、日本側が戸惑うのも当然で、ニュース映像で見ると、安倍首相は笑いで対応するしかなかったようです。振り返れば、安倍さんが主導した「共同経済活動」の狙いは、経済的な協力関係を深めたうえで、領土交渉が進展する土壌をつくることでしたから、平和条約も領土問題を解決する土壌をつくることになるかもしれません。しかし、プーチン大統領は、「あらゆる前提条件をつけないで」と語っているので、平和条約の締結が領土問題の進展につながる保証はないわけで、日本側がおいそれとこの提案に乗るわけにはいかないと思います。だから、プーチン大統領の平和条約への本気度が高いのであれば、今後、領土問題での譲歩をにおわせてくる可能性はあると思います。

プーチン大統領の狙いは何か、あらためて考えてみると、強固な日米関係にくさびを打つことだと思います。トランプ大統領の米国は、気候変動についてのパリ条約から離脱、NAFTA(北米自由貿易協定)の見直し、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱など、国際的な枠組みからはずれ、アメリカファーストの孤立主義的な傾向を強めています。米朝首脳会談も、朝鮮半島への米国の関与を弱める狙いとみることもできます。

トランプ大統領の考え方が、余計な出費までして同盟国を守る義理はない、ということであれば、日本が採るべき道のひとつは、独自の軍事力を強化して、「仮想敵国」であるロシアや中国との軍事バランスをとることになるでしょう。1951年に米国が戦後の日本占領を解いて日本の独立を認めると同時に結んだのが日米安保条約で、その目的はソ連を中心とする社会主義国から日本を守るということでしたが、その一方で、日米安保条約は、日本の軍備の膨張を防ぎ、日本の軍国主義化を防ぐという狙いもあるとされ、日米安保は日本の軍国主義化を押さえる「瓶のふた」ともいわれてきました。

トランプさんの狙いは、まさに瓶のふたをはずして、自分の国は自分で守れ、ということでしょうから、ソ連や中国も、瓶のふたが取れる日本への警戒心も出てきていると思います。日本に秋波を送り、日米同盟に裂け目を入れると同時に、日本が軍事力の増強に走らないように平和条約を締結する、というのはロシアの戦略的な判断かもしれません。中国の習近平政権がこのところ、日中関係の改善に傾いているのも、トランプ政権の動きをみてのことだと思います。そう考えると、プーチン大統領は、今後、4島か2島かという議論は別にして、何らかの返還と、米軍を含むその島の非軍事化という条件を出して、日米安保体制を揺さぶるという構図を頭のなかで描いているかもしれません。

トランプ大統領の出現によって、世界は「新しい秩序」の構築に向けて、いっせいに動き出しています。憲法改正と北方領土問題の解決によって、「戦後の総決算」を果たし、歴史に名を残すというのが安倍首相の思惑だと思いますが、後ろ向きになる米国をにらみながら、新しい世界秩序を東アジアでどう構築していくかという構想が煮詰まっているとは思えません。

たとえば、日ロ、日中の政治や経済などの友好関係を深めるのにあわせて、東アジア地域の軍拡ではなく軍縮を進める、という基本戦略をつくったうえで、ロシアや中国と向き合えば、相手から出される変化球にも柔軟に対応できるのではないか、と思います。もっと現実的な基本戦略があるのかもしれませんが、基本戦略がなければ、相手の変化球に惑わされて、空振りを繰り返すのではないかと思います。

(2018.9.13 「情報屋台」)